6月1日 福島県郡山市 ビッグパレットふくしま

ビッグパレットふくしま

ビックパレットふくしまにてスピーカーや音響機材などの設営からはじめた。ここで力を発揮してくれたのが、東日本大震災を受けてボランティアをしたいと来日したアメリカ人のショーン君。なんでも学生時代に山形にホームステイしたことがあったから震災のニュースを見て居ても立っても居られない!!と単身で来日。若干23才ハンサムボーイ。ボランティアをしたいと来日したが外国人ということで断られ縁あってわが慰問団に加わってくれた。彼のお陰で設営はスムーズに運びいざや公演を開始。

歌声に誘われて人々が集まり仕舞いには階段に腰かけて見てくださる方や警備の警察官もいつの間にか聴衆の中に(笑)

無事に公演は大盛況で撤収してトイレを借りて帰るときに不思議な張り紙を眼にした。

(1)高齢者、妊産婦、乳幼児
(2)小学生、中学生
(3)18歳以上の者
(4)高校生

これは配給の弁当の貰う優先順位とのこと。

なんで18歳以上の者の下に高校生なのか?尋ねてみると大学生や専門学校生は都内に行っているのがほとんどだからということだった。

思い起こせば…人生で一番食べられいくら食べても腹がすいていたことを思い起こすと食べ盛りの高校生が一番食べられないという事態に無情の憐れみを感じて会場を後にした。

相馬市郡山市から相馬市へ。
行き交う車は自衛隊の救援隊と警察車輛のみ。道は直された後が分かるほどアスファルトが新しいところが頻繁にあり車は上下に揺れ山道を抜けて太平洋が一望できる光景になると終戦後の焼け跡写真をカラーにしたごとくに家がなく海にはマイクロバスが浸かったまま。更に車を進めると家と家の屋根に船が乗り上げ、街がツートンカラーになっていた。一瞬、蔵造りの街並みのようだが、津波で建前の半分以上まで浸かり色が変わっていたのだ。

相馬市土産物店の中は骨組みのみ。誠に凄まじい光景であった。

宿は無理をお願いして瓦礫撤去の作業員が宿泊する宿に座敷ひと間を借りて夜を明かした。

カテゴリー: 東日本大震災復興応援公演   パーマリンク

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